サイボウズ株式会社 代表取締役社長
青野 慶久
1971年、愛媛県今治市出身。大阪大学工学部情報システム工学科卒。松下電工(現パナソニック)を経て1997年、職場、大学の先輩と愛媛県松山市でサイボウズを設立。取締役副社長を務めた後、2005年に代表取締役に就任。総務省、厚生労働省、経済産業省、内閣府、内閣官房の働き方変革プロジェクトの外部アドバイザーを歴任し、一般社団法人ソフトウェア協会(SAJ)副会長を務める。
国内グループウェア市場でトップシェアを誇る
当社は中小企業から大企業、自治体、医療機関まで、幅広い業種・規模の組織のチームワークを支援するグループウェアを開発・販売する会社です。現在は「kintone(キントーン)」「サイボウズoffice」「Garoon(ガルーン)」「メールワイズ」の4製品を主に提供し、国内のグループウェア市場ではトップシェアを占めています。
グループウェアは、情報共有を通じてチームワークを促進させるソフトウェアです。当社は「チーム全員がいつでも、どこでも同じ情報を得られてこそ、理想のチームワークを実現できる」と考え、創業から一貫してグループウェアを事業の柱としています。当初はパッケージ版のグループウェアのみを提供していましたが、2011年にクラウドサービス「cybozu.com」の提供を開始して主力製品もクラウド化しました。
現在最も力を入れているのは「kintone」です。プログラミングの知識がなくてもノーコードで業務のシステム化や効率化を実現するアプリを作れる画期的なクラウドサービスで、たくさんの非IT部門の方々が自分たちでチームの業務をシステム化しています。業務アプリの作成も改善も自分たちでこなせるため、手間もコストもさほどかかりません。
また、事業のスピードや環境の変化にスムーズに対応できる上、業務をよく知る方が作るシステムは業務にフィットします。多くの方が被災された2024年の能登半島地震でも、献身的な救助活動に当たる自衛隊が避難所情報の入力に「kintone」を活用してくださりました。
M&A戦略の失敗から学んだ「真剣」の大切さ
社長に就任したきっかけは、創業時から社長を務めてくださった高須賀宣さんが退任の意向を表したことでした。本人から「またゼロからビジネスを立ち上げたい」という思いを聞き、「あとは私が頑張ります」と引き受けたのです。
私が社長になる前から、会社はM&Aで事業を拡大していこうという意思を固めており、社長を任されてからは通信系やコンサルティングなど未知の業種の9社を次々と買収しました。しかし、本業のグループウェアに時間を割く必要があった中で、子会社のマネジメントには十分な力を注ぐことができず…。結局、約1年半で買収した9社のうち8社を手放すことになり、矢継ぎ早のM&A戦略は大失敗に終わってしまいました。
会社の舵を取る自信も失い、周囲には「社長を辞めさせてほしい」と伝えたのですが、どういうわけか応じてもらえませんでした。精神的に追い詰められたある日、ふらりと立ち寄ったコンビニで目についたのがある1冊の本です。それは、私が社会人としての第一歩を踏み出した松下電工の創業者、松下幸之助の名言集でした。
そこで見たのは「本気になって、真剣に志を立てよう。生命をかけるほどの思いで志を立てよう。志を立てれば、事はもはや半ばは達せられたといってもよい」という言葉。私は「今までうまくいっていたのは運が良かっただけで、自分が真剣に取り組んだからではなかった」ということに気付き、毎日を真剣に生きようと決意しました。
だから、座右の銘は「真剣」です。そして、自分が真剣に打ち込むべき事業はグループウェアしかありません。会社の売り上げや利益だけを最終ゴールとするのではなく、「良いグループウェアを作り、世界中に広げる」ことに命を懸けています。
もちろん、世界一の利用を目指すグループウェアメーカーとして、グローバル規模の巨大IT企業に勝てないとは微塵も考えていません。「kintone」はグローバル展開を進めていくので、強い競争相手と戦えることを楽しみにしています。
また、日本は諸外国に比べてプログラマーの育成力が弱く、人材が足りないという課題を抱えてきました。しかし、企業の規模や業種を問わず現場の力だけでシステムを作れる「kintone」により、国内企業の本格的なDX化を一気に進められると考えています。
多様な個性を持つ社員が同じ理想に共感する会社
働き方が多様化する昨今、情報共有の重要性は高まるばかりです。グループウェアは社会にとって欠かせないインフラになると予想しています。社員にはそれぞれの仕事を通し、そのプロセスを楽しんでもらいたいと考えています。
サイボウズが作るグループウェアは個人の主体性を引き出し、チームの生産性も働く人の幸福度も向上させるチームワークの要です。多様な個性を持つメンバーが共に活動するためには、全員が同じ理想に共感していることが欠かせません。「チームワークあふれる社会を創る」というサイボウズの存在意義(パーパス)に対し、自分は何ができるのかを一人ひとりが考えて行動することで、多くの個性をチームの力に変えて理想に近づいています。
我々は「一人ひとりは違う個性を持つ存在である」という考え方に立ち、100人100通りの働き方、生き方ができる環境も大切にしています。社員が働く場所や時間はもちろん、副(複)業も自由です。自らの部署と受け入れ先の部署双方がOKなら、自らが希望する職種でキャリアチェンジを図ることもできます。
ただし、働く場所や時間が自由な中でチームの一員としての信頼関係を築くためには、お互いが正直でなければなりません。そのため、社内のコミュニケーションは嘘をつかず、隠し事をしないという「公明正大」の姿勢を基礎としています。
プライバシー情報とインサイダー情報を除くあらゆる情報を公開し、自ら考えて行動する上で妨げとなる情報格差をなくす環境を整えていることも当社の特色の1つです。例えば、経営トップの会議は誰でもリアルタイムで視聴できます。経営陣の提案事項に対して社員が賛否を明確に表明できる仕組みもあり、民主的な組織運営に徹しています。
一方、個人の裁量で主体性を持って働けるからには、大きな責任も伴います。サイボウズは「説明責任・質問責任」の考え方に立ち、主体的に意見や質問を投げかけることと質問に対して誠実に回答することを大切にしています。
多様な個性を重視するチームでは、それぞれが異なる意見や考え方を持っています。自分が感じた問題意識を周囲と簡単に共有できないこともあり、問題の解決方法も1つだけとは限りません。だからこそ、サイボウズはメンバー同士が建設的に議論し、解決に向けたアクションを設定することが求められます。
それぞれの社員の仕事はグループウェア上で誰でも見ることができるため、他部署のメンバーからシビアなフィードバックなどが寄せられることがあります。そうした状況を冷静に受け止められるメンタルの強さも求められますが、製品とカルチャーが一貫している会社だからこそ採用におけるカルチャーフィットを大切にしています。
就職活動は人生の大きな決断、自分を見つめ直す機会に
就職活動は人生の大きな決断を下すタイミングです。じっくりと悩み、最後は自分の責任で決めるべきだと思います。誰かが言ったことに従うだけだと、何かあったときに人のせいにしてしまいます。
AIが人間の仕事を本格的に代替するようになれば、人間がやりたくない仕事はAIに任せれば良いということになります。そうなれば、これまでのように我慢して働くということが美徳ではなくなります。そこで「自分は何をしたいのか」が分からないままだと、AIに活躍の場を奪われてしまうでしょう。
学生の皆さんの就職先の選択肢には、収入や労働時間、勤務地など、さまざまな要素があるかと思います。本当に大事にしたいことと真摯に向き合うため、就職活動を通して自分を見つめ直す「内省」のトレーニングを積んでほしいと願っています。